「事業計画書の数字は完璧なはずなのに、なぜか投資家の心に響かない」「このビジネスの価値は、本当にこの評価軸で測れるのだろうか」。 資金調達の場で、そんな違和感を抱いたことはありませんか。
それは決して、あなたの力不足や情熱が足りないからではありません。 私たちが立っている土俵そのものが、長らく男性中心の価値観で築かれてきたからです。
私が長年、女性経営者たちと向き合ってきた中で痛感するのは、従来の資金調達の世界における根深い構造的な課題です。 数字やロジックといった「強さ」だけが評価される環境で、共感や持続可能性といった女性が得意とする価値観は、時に「甘い」「非現実的」と一蹴されてしまいます。
しかし、時代は確実に変わり始めています。 この記事では、数字やロジックといった「強さ」だけで戦うのではなく、共感や美学といった「しなやかさ」を武器に、私たち女性が新しい資金調達のルールをどう創っていけるのか。 私が出会ってきた経営者たちの”顔”が見えるストーリーと共にお伝えします。
これは、あなただけの、そして私たちのための新しい航海図です。
目次
なぜ、私たちは「違和感」を覚えるのか？- 男性社会が作った資金調達の”お作法”
多くの女性経営者が資金調達の場で感じる漠然とした「やりにくさ」。 その正体を言語化することから始めましょう。
「成長」と「規模」を絶対視するモノサシ
投資家が求める「Jカーブ」の成長神話や、短期的な利益拡大を優先する価値観。 これらは必ずしも全てのビジネスに当てはまるわけではありません。
私が取材してきた女性経営者の多くは、コミュニティ醸成や持続可能性を重視するビジネスモデルを構築しています。 例えば、地域の課題解決を目指す事業や、長期的な顧客との関係性を大切にするサービス。 これらは数年で急激な成長を遂げるよりも、着実にファンを増やし、社会に根ざしていくことに価値があります。
しかし従来の投資評価では、こうした「時間をかけて育む価値」は軽視されがちです。 10年後、20年後に花開く事業の種を、短期的な成長率だけで判断することの限界を、私たちは感じているのです。
従来の評価軸 vs 女性が重視する価値
| 従来の評価軸 | 女性が重視する価値 |
|---|---|
| 短期的な急成長 | 持続可能な成長 |
| 市場シェアの拡大 | コミュニティとの深い繋がり |
| 数値化できる成果 | 社会的インパクト |
| 競合との差別化 | 共創・協働の姿勢 |
暗黙知で動く「男のネットワーク」という壁
資金調達において、実は「何を知っているか」よりも「誰を知っているか」が重要な場面が少なくありません。 ゴルフや飲み会といった場で築かれる信頼関係、同じ大学出身者同士のネットワーク。 こうした暗黙のコミュニティへのアクセスが、女性にとって難しいのが現実です。
私自身、リクルート時代に感じた壁がまさにこれでした。 重要な意思決定は会議室ではなく、私がいない場所で行われている。 そんな感覚を持ったことのある女性は多いのではないでしょうか。
情報格差や機会損失が生まれるこの構造は、資金調達の世界でも顕著です。 「あの案件、実は○○さんからの紹介で決まったんだよ」という話を後から聞くたび、見えないネットワークの存在を痛感します。
ストーリーより「数字」を語るべきという圧力
事業の背景にある想いや解決したい社会課題といった「なぜやるのか」というストーリー。 女性経営者の多くが、このストーリーから事業をスタートしています。
しかし投資家との面談では、市場規模やROIといった数字のロジックが優先され、想いを語ると「情緒的」と受け取られてしまうことがあります。 実際に、金融庁の調査では、男性審査員が女性起業家に対して「顧客をどう維持するのか」など、現状維持を前提とした保守的な質問をする傾向があることが明らかになっています。
私が「しなやか経営ラボ」で出会った女性経営者の一人は、こう語っていました。 「数字も大切だけれど、私たちの事業は数字だけでは語り尽くせない価値がある。でも、それを理解してもらうのは本当に難しい」
この言葉に、多くの女性経営者の思いが集約されているように感じます。
ルールは「変える」ためにある – 女性の視点が拓く新しい資金調達
現状への批評だけでなく、新しい潮流と具体的なアクションをお見せしましょう。 私たちには希望があります。
共感を「投資価値」に変えるプレゼンテーション
成功している女性経営者たちは、自身の事業の社会的意義や顧客との深い繋がりを「投資すべき価値」として巧みに提示しています。
例えば、フェムテック領域で注目される企業の代表たちです。 fermata株式会社の代表は、フェムテック専門オンラインストア「fermatastore」を通じて、これまで語られることの少なかった女性の健康課題に光を当てています。 彼女たちのプレゼンテーションは、単なる市場分析ではなく、「なぜこの課題が今まで見過ごされてきたのか」「解決することでどのような社会的インパクトがあるのか」を、具体的なユーザーの声やストーリーを交えて伝えています。
重要なのは、ストーリーテリングの技術です。 数字を羅列するのではなく、一人の顧客の人生がどう変わったのか、そのリアルな変化を描く。 その積み重ねが市場全体のポテンシャルを表現する。 このアプローチにより、投資家は「この事業には確固たるニーズがある」と確信するのです。
効果的なストーリーテリングの要素：
- 具体的な顧客の変化を描く
- 課題の深刻さを自分事として伝える
- 解決策の独自性と社会的意義を明確にする
- 数字とエピソードを織り交ぜる
増え始めた「私たち」の味方 – 女性投資家と専門ファンド
確実に変化は起きています。 ベンチャーキャピタルANRIは、女性起業家への投資比率20%の目標を1年半で達成しました。 Yazawa Venturesでは、ポートフォリオの約半分が女性起業家となっています。
こうした投資家たちの視点は、従来の投資家とは明確に異なります。 彼女たちは事業の継続性や成長スピードを、妊娠や出産といったライフステージの変化も含めて総合的に評価します。 「妊娠があるからこそ、事前準備をしっかりと行い、資金調達してから臨める」という発想で、女性起業家をサポートしているのです。
また、女性3人が設立したMPower Partners Fund L.P.が160億円規模のVCを設立するなど、女性主導の投資ファンドも増加しています。 これらのファンドは、ESGやダイバーシティを重視し、長期的な視点で企業価値を評価する傾向があります。
株式だけが選択肢じゃない – 多様な資金調達のカタチ
融資や出資だけでなく、資金調達の選択肢は確実に広がっています。
新しい資金調達手法の比較
| 手法 | 特徴 | 適用企業 | メリット |
|---|---|---|---|
| RBF | 将来の売上を先に現金化 | SaaS、サブスク企業 | 株式希薄化なし |
| クラウドファンディング | 顧客からの直接支援 | プロダクト開発企業 | マーケティング効果 |
| 公的助成金 | 女性起業家向け特別制度 | 創業期企業 | 返済不要 |
特に注目したいのが、RBF（レベニューベースドファイナンス）です。 「融資とVCのハイブリッド」とも呼ばれるこの手法は、将来の売上の一部を先に現金化することで、株式の希薄化を避けながら資金調達ができます。
私が取材した女性経営者の中には、「エクイティファイナンスで株式を手放すより、将来の売上を担保にした方が納得感がある」と語る方もいました。 特に、継続的な収益が見込めるビジネスモデルを構築している女性起業家にとって、非常に相性の良い選択肢といえるでしょう。
クラウドファンディングも見逃せません。 購入型、寄付型、融資型、株式型、ファンド型、ふるさと納税型の6つのタイプがあり、事業の性格に応じて選択できます。 特に、社会課題解決を目指すプロジェクトでは、共感による支援を集めやすく、同時にマーケティング効果も期待できます。
しなやかな資金調達を実践するために – 明日からできる3つのこと
理論だけでなく、具体的な行動に移せるアドバイスをお伝えします。
1. あなたの「美学」を言語化する
自社の事業が、利益を超えて社会や顧客に何をもたらすのか。 その「美学」や「哲学」を明確な言葉にすることから始めましょう。
私自身、リクルートを退職してライターに転身したとき、「女性が経営を語るとき、それは”人生”も語ることになる」という信念を言語化しました。 この軸があることで、どんな記事を書くか、どんな取材をするか、すべての判断基準が明確になったのです。
美学を言語化するための3つのステップをご提案します。
美学の言語化プロセス：
- 原体験の振り返り – なぜこの事業を始めたのか、原点となる体験を深掘りする
- 価値観の整理 – 大切にしたい価値観を5つ程度に絞り込む
- メッセージの練成 – 30秒で語れる簡潔なメッセージに仕上げる
この美学は、投資家との対話における揺るぎない軸となります。 数字で表現できない価値を、確信を持って語ることができるようになるのです。
2. 「顔の見える」小さな経済圏を育む
いきなり大きなVCを目指すのではなく、まずは自社のファンや顧客、地域の支援者といった「顔の見える関係性」から資金や協力を得る方法を実践しましょう。
私が主宰する「しなやか経営ラボ」は、まさにこのような場です。 月1回、湘南の古民家に集まる女性経営者たちは、資金調達の悩みを共有し、お互いを紹介し合い、時には投資家として支援し合っています。
一人の参加者は、新サービスのプロトタイプを他の参加者に試してもらい、フィードバックを受けて改良を重ねました。 その後、参加者の一人が知り合いの投資家を紹介してくれ、資金調達に成功したのです。
このような小さなコミュニティから始まる資金調達は、金額は少なくても、事業の方向性や価値観を共有できる貴重な機会となります。
小さな経済圏の育て方：
- 定期的な勉強会や交流会を開催する
- SNSでの情報発信を通じて理念を伝える
- 顧客との直接対話の機会を増やす
- 同業他社との協業プロジェクトを企画する
3. 投資家を「選ぶ」という視点を持つ
「選ばれる」だけでなく、自分たちのビジョンに共感し、対等なパートナーとして伴走してくれる投資家を「選ぶ」という主体的な姿勢が重要です。
投資家との初回面談で、私がお勧めしているのは、必ず相手にも質問をすることです。 一方的にプレゼンテーションをするのではなく、対話を通じて相互理解を深める。 そのための質問例をご紹介します。
投資家を見極めるための質問リスト：
- この業界で最も印象に残った投資先はどちらですか？その理由は？
- 投資先企業とはどの程度の頻度で、どのようなコミュニケーションを取られますか？
- 過去に投資先企業が困難な局面を迎えたとき、どのようなサポートをされましたか？
- 私たちのビジネスモデルで、最も懸念される点はどこだと思われますか？
- 5年後、私たちの会社がどのような姿になっていることを期待されますか？
これらの質問を通じて、投資家の価値観や支援スタイルを理解し、本当にパートナーとして歩んでいけるかを判断するのです。
資金を得ることがゴールではありません。 事業を通じて実現したい世界に向かって、共に歩んでくれる仲間を見つけることこそが、真の目的なのです。
よくある質問（FAQ）
Q: 男性投資家に、フェムテックのような事業の価値をどう説明すれば理解してもらえますか？
市場規模や成長性といった客観的データはもちろん重要ですが、それ以上に「なぜこの課題が今まで見過ごされてきたのか」「解決することでどのような社会的インパクトがあるのか」を、具体的なユーザーの声やストーリーを交えて伝えることが有効です。
課題の深刻さを自分事として捉えてもらうための工夫として、彼の家族（妻や娘）が抱える可能性のある課題として話すのも一つの手です。 フェムテック市場は2012年の62億円から2019年には約1,000億円へと急成長しており、数字からも市場の将来性を示すことができます。
Q: 資金調達の場で、自信を持って話すにはどうすればいいですか？
自信のなさは、時に準備不足から生まれます。 事業計画を細部まで詰め、想定される質問への回答を完璧に用意することは基本です。 その上で大切なのは、「自分がこの事業を誰よりも愛し、信じている」という事実を思い出すこと。
これはテクニックではなく、あなたの在り方そのものです。 また、信頼できるメンターや仲間と事前に何度も練習を重ねることも、自信に繋がります。 私自身、重要なプレゼンテーションの前は、必ず「しなやか経営ラボ」のメンバーに聞いてもらい、フィードバックをもらっています。
Q: 投資家との面談後、手応えがなかった時にどう気持ちを切り替えれば良いですか？
まず、一回の面談で全てが決まるわけではないと理解しましょう。 ご縁がなかっただけ、と捉えることも大切です。 重要なのは、面談を「学びの機会」とすること。
「なぜ響かなかったのか」を客観的に分析し、フィードバックをくれる投資家であれば真摯に耳を傾け、次のプレゼンに活かしましょう。 落ち込んだ時は、あなたの事業を応援してくれるお客様や仲間の顔を思い浮かべてください。 彼らこそが、あなたの事業の真の価値を理解してくれている人たちなのです。
Q: 女性向けの助成金や融資制度にはどのようなものがありますか？
日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金（女性、若者/シニア起業家支援関連）」や、各地方自治体が設けている女性起業家向けの補助金・助成金などがあります。
また、近年は女性起業家を専門に支援する民間ファンドも増えています。 東京都では「スタートアップ・エコシステムにおける女性活躍推進事業」を実施しており、資金調達講座やVC相談デーなども開催されています。 公的機関のウェブサイトや、中小企業支援機関の窓口で最新の情報を確認することをお勧めします。
Q: 経営と家庭の両立に不安があり、事業拡大に踏み切れません。
その不安は、多くの女性経営者が抱えるものです。 大切なのは、一人で全てを抱え込まないこと。 事業の成長に合わせて、信頼できる右腕を見つけたり、業務をアウトソースしたりと、チームで経営する体制を意識的に作ることが重要です。
また、同じような境遇の経営者仲間と悩みを共有するだけでも、精神的な負担は大きく軽減されます。 「しなやか経営ラボ」のような場で、ぜひ仲間を見つけてください。 一人で頑張る必要はありません。 私たちには、お互いを支え合う力があるのです。
まとめ
男性社会の資金調達ルールの中で、私たちは時に窮屈さを感じ、自分たちのビジネスの価値を見失いそうになるかもしれません。
しかし、本記事で見てきたように、そのルールは絶対的なものではなく、私たちの手で少しずつ変えていくことができます。 「強さ」の代わりに「しなやかさ」を、「競争」の代わりに「共感」を。 その視点こそが、これからの時代に新しい価値を生み出す源泉となるはずです。
世界の調査では女性起業家の52%が資金調達に困難を感じている現状がある一方で、女性起業家への投資比率を明確に設定するVCが現れ、新しい資金調達手法も生まれています。 変化の波は確実に起きているのです。
この記事が、あなたが自分らしいやり方で、自信を持って資金調達に臨むための一助となれば幸いです。 あなたの事業という名の船が、共感という追い風を受けて、大海原へと漕ぎ出していくことを心から応援しています。
私たちには、しなやかな力があります。 その力を信じて、新しい航海を始めましょう。
参考文献
[1] 女性起業家の資金調達は困難 金融庁チームの焦燥感 – 日本経済新聞
[2] 世界の女性起業家の5割 「資金調達が難しい」 – 日本経済新聞
[3] ベンチャーキャピタルANRI ANRI4号ファンドにおける女性起業家への投資比率目標20％を達成 | ANRIのプレスリリース